困ってるひと

家人に勧められ、ちょっと手に取って読みだしたら止められなかった。20代そこそこで難易度高い人生としか言いようがない。

「難病もの」というジャンルはあっても、悲劇、苦闘で、ただただお涙ちょうだいという類型的なものが大半なんだろうけど、この本はちゃんとエンターテイメント。随所にちりばめられた笑いや骨休み的なエピソードが、読み疲れを防いでいるし、実に練られたストーリー展開(いや実話なのでストーリーと言ってしまうのは間違いなんだろうけど)は最後まで興味を失わないようにできている。何だよ、ちゃんと期待の新人ではないか。

というように素晴らしく面白いのだけれど、一方で、その題材ゆえの重苦しさもある。感想を書いておく。

彼女の闘い

まず、難病それもレアなものは、その希少性のゆえにそもそも診断がおりない(=病名がなかなか付かない)。病名が付かないと治療もできないので、色々な検査をおこなって何とか病気を特定しようとする事になるが、これが段々とエスカレートしていく。MRIとか閉所恐怖症の人は大変だよ、とかそんなレベルでは無い。筋生検(詳細略)の描写は、筆者に麻酔があまり効いてない事で客観的には「拷問」であり、読みながら本を持つ自分の手が汗ばんでくるのを感じる。更にそれ以上の辛さがあるのだけど、これは読んでみて欲しい。筆者は、この世界の傍にありながら普通は決して見る事の無い(ように隔離された)場所に置かれ、何もできなくなるのだ。(自分だったらどうなんだろう?という問いはある。あるいは自分の場合はそこに置き去りにされるかもしれないという恐怖で一日持たないかもしれない。そのような態度が決して道徳的な態度では無く恥ずべきものでも。)

ようやく病名が付いた後も苦闘は続く。いきなり「閉じ込め症候群」だ。「閉じ込め症候群」は、たとえばこの記事「脳幹部障害で閉じ込め症候群に−23年間、実は意識あり」なんかを読めばわかる。ちなみに、私は自分の生死について自分で判断し、自分で選択したいと考えており、このような状態をこそ絶望と思う。ただ周りの状況を見ているだけで、全てが選択出来ない状況が続けば、精神的な死を迎える事になるだろう。(晩年、意識があるのか無いのか感情があるのか無いのかわからなくなった、でも時々何らかの意思のようなものを目や口の動きで示した祖母の姿を見てなおさら思う) 幸いにも筆者はこの状態を脱する事が出来るが、まだ物語はようやく中盤に入ったところなのだ。

ここまでも、そしてこの後に続く「物語」を盛り上げるための困難も、(それが事実であることを思えば)超えてきた事それ自体が奇跡のように思える。筆者の語り口により、過度の悲惨さは抑えられているが、よくよく想像してみれば、一つ一つが十分に破壊的である。でも、それら数々の困難を受けた上で、筆者は生を選択する。ちゃんと「物語」に山場を作る。「負けない」という事が最大の栄冠だ。

彼女の主張

このように「物語」の主軸であり展開を作っているのは難病との肉体的、精神的な闘いであるが、それとは別に、筆者にとって重要なテーマが社会的な闘いだ。

元々、難病にかかる前の筆者は「ビルマ女子」であり、難民を救う事に使命感を燃やす人であった。それが難病にかかった後は、一転して自分自身が日本社会の中で「難民」となってしまい、改めて足下を見つめ直す事になる。国民皆保険の日本は諸外国に比べて恵まれており安心、と思っていたけれど、突然の病気、それも難病とされるような病にかかった場合、果たして日本の現状のシステムは人を救うように構築されているだろうか? − もちろん「持続可能な援助が十分に用意されているとは言えない」だ。

筆者は、失敗の苦い経験(周りに過度に依存して関係を壊してしまう、頭ではわかっていたはずなのに、、、)をへて、自立のための「持続可能な援助」を最大限に生かす道を選ぶが、それが少しでも使いやすくなるような提言をおこなう。それはとても控えめなもので、「もう少し書類が簡単にならないか」とか「自治体間の連携がもっとあれば」とか、一々納得出来る切実な物だ。こっちは、お役所仕事(公正確保のために必要なのも理解できるんですが)は福祉や厚生の分野でも同じだなと改めて思い知らされる。

一方、正直に書いてしまうと、筆者の「社会に対する(控えめな)提言をおこなう姿勢」が「社会正義の押しつけ」と感じるところも有り、冷めた部分も有る。いや、実際のところ筆者の言っている事は正しくて、突然の病や事故を他人事として切り離してしまうのは、結局は自分自身も含めて生きにくい社会にしてしまうことなんだけど、何というか、テーマが大きくて具体的なゴールが描けず何を言われても「適当に綺麗な事を言うだけなら言えるよな」といったところだろうか。酷い事を言っていると思う。この間の震災の時も思ったが、自分に出来そうなのは働いてなるべく多くの税金を提供することぐらいで、より具体的な貢献ができない自分から逃げたいというか正当化したい気持ちの裏返しがあるんだろうと思う。彼女の主張を読む事は、そういう自分の嫌な部分を見つめる事でもあった。

その時のために

生死の境目で色々な事を決断しなければならない事は、突然に、そして必然的に訪れる。その時に影響を与えてくれるかもしれない知識を、覚悟を、希望を「楽しく」読んで考えられる希有な本だと思う。できうれば、私よりも随分年下の彼女の続編が、私の決断の時まで読み続けられれば良いなと思う。