亡き妻を取り戻そうとした人達

何カ所かで見かけた以下のコピペなんですが、元ネタを読みたくなったので調べてみました。
本当の話なのか、本当だとしたら亡くなった奥さんの人形を作らせるのはどんな人なのか? 何となく、パッと見は普通の物静かなたたずまいの人を思い浮かべてしまうんですが、実際のところはどうなんでしょうか?

オーダーメイドラブドールとは持ち込みの写真などをもとにリアルダッチワイフを製作するサービス。
今回は良く持ち込まれる写真ランキングTOP3を紹介する。

第3位 明らかに盗撮の写真
 お断りするそうです。

第2位 自分で描いたエロイラスト
 どっちかっつーと原型師さんの趣味に似ちゃいます。

第1位 亡くなった奥さんの写真
 人生\(^o^)/オワタ

ネットでの情報

時間を遡って探すと、どうも以下の文章あたりが原形ではないかと思われます。

1 水先案名無い人 sage 2005/05/21(土) 15:31:29 ID:2XKXZl3M0
ウチでは写真などを基にしたオーダーメイドのラブドールも扱ってるんですが、
時々モロに盗撮写真とか持ってくる人いますね。断りますけど
あと自分で描いた美少女キャラとか。××が好きだ、××が怖い、肌はもうちょっと濃い、ものすごくこだわるんです(笑
一番多いのは亡くなった奥さんの写真ですね

オーダーメイドのラブドールのガイドライン

その後、2010年の5月には今の形になっています。この間が不明で、新しい元ネタが出てそれが引用されたのか、誰かが元の文章をアレンジしたのか、ネットでははっきりとはわかりませんでした。
ただ、幾つか見つかった情報があるので、それを以下に載せときます。

某処某人06

2002年8月2日が初出らしいページ。(サイトのページ自体は 2008年4月9日)
これはコピペの元ネタではないようだけど、とても魅かれる文章で、まさしく初老の紳士で脳内再生されます。亡くなってまもなく奥さんの若い頃の写真を持ってきたのか、亡くなってずいぶん経ってから残っている写真を持ってきたのか、どちらであっても「もう一度あのころの君に逢いたい」。想いを込めるための憑代として人形を必要とした、その心境にどうしようもなくやられてしまいます。

こんな話もある。同社ではオーダーメイドの製品も作っていて(1体百万円だそうである)、「ちょうど今注文があって作っているのは、これなんですけどね」と言って見せてもらった人形は、某有名タレントそっくりで、思わず「肖像権大丈夫なんか?」といらぬ心配をしてしまったのだが、まあそれはいいとして、ある日、初老の男性が事務所を訪ねてきて、おもむろに言った。
「この顔で人形を作ってほしい」
差し出された一葉の写真は、縁が黄ばんで、色もずいぶん褪せた古いモノクロ写真だった。
亡くなった奥さんなのだそうである。
うーむ!
僕は不思議な感動を覚えてしまった。

wayside 某処某人06 東京・上野
愛のごとく──「人間以上」のものを愛することについて

新しすぎて元ネタにはなりえないGQ JAPANの記事。2012年5月28日〜2012年6月1日にかけて掲載されている。

  1. 愛のごとく──「人間以上」のものを愛することについて【1】
  2. 愛のごとく──「人間以上」のものを愛することについて【2】
  3. 愛のごとく──「人間以上」のものを愛することについて【3】
  4. 愛のごとく──「人間以上」のものを愛することについて【4】
  5. 愛のごとく──「人間以上」のものを愛することについて【5】

造形師へのインタビュー(また立派な経歴だったり)などがあり、なかなか面白いんだけど探していたモノとは違うなあ。

実は、顔のオーダーメイドもやったことがあるんです。そんなに難しくない。女優さんの顔を使って、少し直して作ったこともある。それから、亡くなった奥さんの写真を持って来られて、それを作ってくれといわれて、作ったこともあります。普通は、対象になる女性の承諾をとって、ということになるけど、隠し撮りみたいなものを持って来られたこともある。さすがに、それは断りましたけど。

連載の【2】より引用。

書籍で探す

結局、ネットでは見つからなかったので書籍で探してみることにしました。以下、入手できた順です。

セックスメディア30年史欲望の革命児たち (ちくま新書) , 2011/5/11

この書籍では、オリエント工業へのインタビューが載っているんですが、写真によるオーダーの話は出てきません。インタビュー時期が2010年なので、既発の書籍と比較すると新しい情報も入っているようで、映画「空気人形」の影響や2チャンネルでの予期せぬ取り上げられ方とか、ネットにおいてオリエント工業のプレゼンスが高まってきた流れがわかって興味深いのですが、インタビューおよび出版の時期からも元ネタでない事は明白です。

南極1号伝説―ダッチワイフの戦後史 (文春文庫) , 2009/8/4

単行本が2008年4月に出版されており、最初はこれが本命だと思ってました。
ラブドール自体を調べたかったのでは無いけど、読み始めたら止まりません。文化史であり、技術史であり、どのような分野であっても変わらない生き残ってきた「老舗」の強さを思い知らされます。他にも、製作の苦労話や新興メーカ・ユーザの年代から見た世代的な考察とか、発刊当時に話題になった(らしい)のもわかります。題材が何であれ、もの作りに関心がある人であれば興味深く読めるのではないでしょうか。
ちなみに自分は、メカにときめくので、人形の骨格が見えるスケルトンモデルとかあったら面白そう、とかそんな感想です。
コピペに関係しそうなのは、文庫版のあとがきとして「オリエント工業の取材でも、死んだ妻の面影をラブドールで再現しようとした顧客が話題に上った」と書かれているくらいで、残念ながら直接のネタ元では無かったようだけど、読んで良かった。

あやしい取材に逝ってきました。2009/08

ルポ漫画?で、色々な取材ルポをまとめて一冊にしてあります。ここでの情報としては、「むかしはオーダーやってたが、高価になるのと、明らかに犯罪臭がある客とかくるので止めた」というところでしょうか。
ここまで調べてて、ほんとに今はオーダーやってないのかな?と思っていたので、やはりなあ、というところです。あと、「南極1号伝説」から時間が経っている分、情報が新しくなっているようですね。

お姉さまの逆襲, 2006/7

これまたルポ漫画だけど、1994年から掲載誌を変えて今も続いているという長寿連載です。(この漫画は今回初めて知ったけど、こんな長期連載は異例ですよね、多分)
2巻に収録されている「第55回 100パーセント化学合成のお姉さま」は2000年の初めに雑誌に載ったもので、以下の記述があります。(この頃はオーダーやってたわけですね)

オーダーメイドとは?
文字通りオリジナルのダッチワイフを注文するシステム。制作日数1ヶ月、費用60万円と決して安くない買い物だが。。。
「注文が殺到して注文が追いつかない状態なんですよ」
「へー、そ・・・それは、どのように注文すればいいんですか?」
「モデルの女性に直接来ていただいて顔の原型をとってもらいます」
「えっー!!」
「・・・が無理な場合は写真でもけっこうです。あっ隠し撮りはダメですよ」
「いや・・・前にもあったんですよ、隠し撮り・・・メチャクチャやばそうだったので断りましたけど」
(犯罪につながる行為は御法度だ)
「でも注文があるということは実際にモデルになる女性がいるんですよね?」
「・・・ていうより・・・亡くなった奥さんの写真を持ってこられる方が多いですよね」
(けっこう切実だ)
「モデルは架空の人物でもいいんですか?」
「そういう場合は、イラストを持って来てくださいね」

原型の文章に近いですね。最初にBeam comixで単行本2巻が刊行されたのが 2001/08のようなので、時期的にも辻褄があいます。これが元ネタなのでしょうか?微妙に文章が違うので今ひとつ確信が持てないんですよね。。。

3巻には「第80回 動かず汚れぬおねーさま?」が収録されていて、これは友人夫妻のラブドールを観に行く話です。いや「夫妻」です。色んな人達がいますね。。。

風俗の人たち (ちくま文庫) , 1999/10

永沢光雄さんの傑作ルポ集*1ラブドールに関する取材は、1990年10月に行われていて(もちろんオリエント工業)、表題は「ダッチワイフ」となっています。まだシリコンによる製品が作られてなく、ラブドールの名称も無かった頃の話です。ここでは、その後の取材では「S医師」として紹介される初期の開発・アドバイザーの名前と具体的な活動内容が出てきます。
この頃はオーダーメイドはまだやってなかったようですが、当初のメイン顧客(今も一定の需要があるらしいけど)であった身障者の方の話など、関わっている人達の情熱の一端に触れる事が出来ます。

調査の後で

結局、そのものズバリの元ネタは見つけられませんでした。原型に近いモノはあったので、そこから投稿者が編集したのかもしれませんし、そうでないかもしれません。
この手の風俗モノの場合、雑誌の小記事として掲載され、その後単行本化も何もなしにそのまま、というケースも十分考えられます。オリエント工業の場合(というか多分そうだと思いますが)、オーダーメイドをおこなっていたのも過去の事のようですし、もう元ネタそのものを探すのは難しいのかもしれません。

それでまあ、残念は残念なのですが、ここ2週間ほど色々と探したり読んだりして、ラブドール以外の話も含めて知る事ができ、結構満足してます。というか、何で自分があのコピペに惹かれたのかが自覚できたんですよね。多分、私はホンのちょっとのきっかけで人形を注文する側の人間になります。亡くしたものを形だけでもとどめようとする試み。それで、そうなるかもしれない自分の姿を見てみたかったんですよ。じゃあ、実際に覗いてみてどうだったか?というと、私はおそらく今の技術の延長線上では人形は作らないでしょう。良くできていても本人ではないわけで、脳内補完しきれず、そのギャップに余計に悲しさが募るような気がします。想い出は心の中に。
それでも、というか、それだからこそ、亡き人の姿をとどめる試みをせざるを得なかった人達の心境には静かな共感をおぼえるのです。

*1:この本に出会えたのが今回の最大の収穫です。面白うてやがて悲しき、という書き出しで紹介したいこの連載がエロ本に掲載されていた事に、驚きと納得があるのです。