ある小学生の毛沢東

私にとっての毛沢東って、何やら中国の偉い人で、オリンピックの水泳選手並みの泳ぎの達人でした。ただただ凄い人だと思っていたわけです。偉大なる同志、毛沢東。高校に入るくらいまでですが。

小学生の頃

あの頃は新聞を毎朝必ず(読めるところだけですが)読む小学生だったんですよ。読まずに学校行けないというか、正確には活字を読むのが好きだったんですね。そして、わかったようなそうでないような気分で色々と読んでいた自分にとって、有名人の訃報というのは比較的面白い記事だったんです。なにせ、その人の略歴や功績、そしていろんな人のコメント、と一通りそろってます。前提となる知識があまりなくても、それなりに読めるんですね。まあ、伝記を読むような感覚だったんでしょう。

その中でも、毛沢東の訃報を伝える報道はとても印象に残っているんです。写真も一杯あって、「革命の巨星」とか書かれたその一生の略歴は一つの英雄譚なわけです。所詮、小学生で思想とか全くわかってないですから、素直に凄い人が亡くなったんだなあと。そして、そこで特に強く憶えているのが水泳についての記事でした。

「オリンピック選手も顔負け」の水泳の達人?

図書館で探したらありました。1976年9月10日の毎日新聞の朝刊です。(当時の実家では毎日新聞をとってたんですね。実は今回調べるまでは朝日だと思っていて、最初は朝日の縮刷版で探してました)

「オリンピック選手も顔負け」というフレーズが記憶通り。これ読んで、「すごいね!」と父に声をかけると、「うーん、まあねえ」と歯切れの悪い応答をしたところまで記憶に残ってます。
まあ、当時の父の心境はわかります。比較的リベラルな方だった父ですが、既に文化大革命の失敗だって報道はあったわけですし、決して手放しで功績を褒め称えられるような人物では無いという評価になっていたはずで、持ちあげすぎじゃないか?という気持ちがあったんではないかと思います。でも、そんなに知識があるわけでもないし、直ぐに見られる資料が手元にあるわけでもないし、相手は小学生だし。なので、明確な否定も肯定も説明できずに「まあねえ」と答えたのではないかと。

でも、今なら直ぐに調べられるんですよね。競泳の世界記録一覧を見ると、50m自由形でさえ、時速にして10Kmはない。この記事の説明だと、時速15Km近くで一時間も揚子江を泳いだ事になるけど、もし本当ならば、それは泳いだというよりは流されたという方が正解でしょう。こんな説明を何の疑義もはさまずに載せるとは、気付かなかったのか、意図的にそうしたのかわからないですが、お粗末な話だと思います。(そして、私は完全にのせられたわけです。)

朝日新聞の場合

実は朝日新聞も同じソースを使っているんですね。毎日新聞と同じ日付の朝日新聞朝刊には、以下のような写真が載っていました。

ここでも15Km泳いだ事を書いていますが、実際にかかった時間などは書いていませんし、「オリンピック選手も顔負け」といったフレーズも使っていません。
他の記事も読んでみましたが、毎日新聞と比べると朝日新聞は全体的に押さえたトーンになっていて、(毎日新聞が大きな文字で「革命の巨星 毛沢東」と書いたのと比べると)煽るような記述は無いように見えました。ただ、このような書き方だと、もし、当時の実家が朝日をとっていた場合は、何十年も記憶に残るような事は無かったでしょうね。

あの記事は何だったのか

UPIが報道した1966年7月というのは文化大革命の始まりの時期なんですね。紅衛兵が五月に結成され、中国共産党第八期中央委員会第十一回全体会議が八月に開催される直前。毛沢東が政治的に巻き返しをはかる、そのタイミングで出された報道。どう考えても政治的な意図を感じますし、1966年当時ならともかく、1976年に鵜呑みにする内容では無いですよね。
こんなのを見ると、北朝鮮の報道とかを笑えないなあ、と思います。今回の話は30年以上前の話ですけど、これに限らず気付かないうちに影響を受けていた事って一杯あるんじゃないかと。今なら「メディアリテラシー」の必要性が広く言われてますけど、当時はそんな言葉聞いたことも無かったし。

最近は、こういう「あの頃、自分が見聞きしたものって誰がどんな意図で流していたのか?」という事が、非常に気にかかるようになってきました。
今の自分は当時からの色々な情報の影響を受けてます。これは、どうやっても否定できません。自分で気づいていないだけで間違った知識も抱えているでしょう。そんな自分なのに、子供たちと(社会の授業内容についての質問で、あるいはニュースを聞いて)政治思想の話をしたりする年になってしまったのです。如何にして、偏らず正確な情報を伝え、理性的な考え方を教えられるか?常に悩ましい課題です。
それで最近、これまでの検証というか、幾つかの本を読んだりしています。中でも「「悪魔祓い」の戦後史―進歩的文化人の言論と責任」と「『諸君!』『正論』の研究――保守言論はどう変容してきたか」がなかなか良い感じです。
前者は読み終え(解説が素晴らしい)、後者を途中まで読んでいるところですが、両方セットで読む事により戦後の言論史の流れが見えてきます。結果として自分の考えの整理と見直しができそうに思います。
ちゃんと読み終えたら、ブログにまとめたいと思います。